民法改正で一般債権の時効はどう変わったか
2020年4月の民法改正で一般債権の時効が変わったことについて、わかりやすく解説します。改正前は、一般の債権の時効は原則10年でしたが、改正後は原則5年になりました。もっとも、例外的に時効が10年になるケースもあります。そもそも債権とは何か、消滅時効の原則と例外について、また民法の改正後と改正前の違いについて、時効管理の注意点や消滅時効の起算点についてなど、初心者が押さえておきたいポイントをまとめました。
目次
民法改正と一般債権の消滅時効
2020(令和2年)の民法改正により、債権の時効が変わりました。2020年4月以降に発生した債権の場合、一般的な債権の消滅時効は原則として5年です。それ以前は原則10年でしたので、一般の方で友人にお金を貸しているケースなどでは、時効が短くなったことに注意しなくてはなりません。
他方、タクシーの運賃や飲食店のツケなど、「短期消滅時効」として旧民法に規定されていた一部の債権については、改正前より時効が長くなったものもあります。
また、2020年3月末日以前に発生した債権については、旧民法の規定が引き続き適用されます。
債権の基本的な考え方や、消滅時効について、例外的に時効が長くなるケース、旧民法との違いなどについて詳しく解説します。
債権とは?
債権とは、相手方に特定の行為をさせる法律上の権利のことを言います。例えば、お金を借りたら、お金を貸してくれた人にいずれは返さなくてはなりません。貸した人の「お金を返してもらう権利」のことを債権と言います。逆に、「お金を返さなくてはならない義務」のことを債務と言います。
債権を持っている人のことを「債権者」、債務を負っている人のことを「債務者」と言います。債権と債務という概念は、一般的には、よく借金返済の場面で使われますが、それ以外にも、日常では頻繁に債権と債務の関係が発生しています。
【買い物】八百屋で100円のリンゴを買った場合
- お客さんには【リンゴを引き渡してもらう債権】と【100円を支払う債務】が発生
- 八百屋さんには【100円をもらう債権】と【リンゴを引き渡す債務】が発生
小さな子供でもできますし、誰もが日常的に行っていることですね。品物や金銭の引き渡しだけではなく、労務やサービスも債権・債務の対象となります。
【結婚式】AさんとBさん夫妻が結婚式で歌手のCさんに一曲歌ってもらうようお願いした場合
- AさんBさんには【Cさんに結婚式で一曲歌ってもらう債権】と【報酬を支払う債務】が発生
- Cさんには【報酬を受け取る債権】と【結婚式で一曲歌う債務】が発生
単純なことを、このように債権債務関係として分類わけして難しく考えるのは、どちらかが債務を果たさない場合が発生するからです。例えば、八百屋さんがリンゴをお客さんに手渡したのに、お客さんが代金の100円を支払ってくれないケースです。
この場合、八百屋さんは債権に基づき、リンゴの代金100円をお客さんに支払うよう請求できます。これがリンゴ1個ではなく、10万円、100万円もするような高価な商品だった場合、訴訟をして支払いを求めることになるでしょう。
ただし、八百屋さんが債権を持っているのに、お客さんに特に請求もせずに何年も放置していたとします。だんだん、そのような売買があった記憶も薄れていくでしょう。10年もたって、ある日突然、お客さんに「あの日払わなかったリンゴの代金を支払ってくれ」と言ったとしても、お客さんも困ってしまいますね。
このような事態に備えて、民法では、「消滅時効」という制度が設けられています。
債権にも時効がある
債権を持っている人が、その債権を一定期間行使せずにいた場合、債権は時効により消滅します。
消滅時効までの期間については、2020年4月の民法改正後に発生した債権の場合、一般的な債権の消滅時効は原則として5年です。
「原則として」としたのは、例外も規定されているからです。
民法166条1項では、次のように定められています。
【民法166条1項】
1 債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
一 債権者が権利を行使することができることを知った時から五年間行使しないとき。
二 権利を行使することができる時から十年間行使しないとき。
一号の「債権者が権利を行使することができることを知った時」というのが、少々わかりにくいですね。
通常、例えば「2021年10月1日にリンゴ1個を100円で購入した」という場合、契約の当事者である買主も売主も契約の内容や、権利を行使できる時については知っています。この場合は、民法166条1項一号の「債権者が権利を行使することができることを知った時」にあたるため、この債権の時効は2026年10月1日に完成します。つまり、買主は2026年10月2日から時効が援用できます。これが原則のパターンです。
他方、例えば、中古のパソコン3台を合計87,000円で販売する予定だったのに、売主が計算を間違えて100,000円として買主に請求してしまい、買主がその通りに代金を支払ってしまった場合、買主には13,000円分の代金を取り返せる債権が発生します。しかし、売主が計算を間違っていたことに気が付かない限り、買主も自分に債権があることに気が付きません。このような場合は、民法166条1項二号の「権利を行使することができる時から十年間行使しないとき」という条文により、例外的に債権の時効を10年として計算します。
日常の債権債務関係で、民法166条1項二号が問題となるケースは限られているため、「一般的な債権の消滅時効は原則として5年」と考えてよいのです。
時効制度が存在する理由
時効制度がなぜあるのかというと、(1)長く続いた事実状態の尊重、(2) 権利の上に眠る者を保護しない、(3) 立証困難の救済、という3点が挙げられます。
(1)長く続いた事実状態の尊重
例えば、父親から相続してずっと大切にしてきた骨董品を、「あなたの祖父が昔私にくれると約束した物だから受け取りに来た」と急に親戚に押しかけられてきても困ってしまいますね。このように、長く続いて定着した事実関係を法律上保護しようという目的があります。
(2) 権利の上に眠る者を保護しない
法的に何かを請求できる権利があったとしても、なにもせずにずっと放置し、権利を維持しようと努力しなかった人を保護する必要はないという考え方があります。
(3) 立証困難の救済
ある債権が争いになった時、権利を主張する側が、その権利があったことの証明責任を負います。しかし、時間がたつほどに領収書やメモなどの紛失や、証人が見つからないなどの事情により、証明がしにくくなります。そこで、時効制度により、過去にさかのぼって議論することに一定の制限を設けているのです。
民法改正による債権の消滅時効期間の変更点
2020年3月31日までは、一般債権の時効は原則として10年でした。その代わり、「短期消滅時効」と言って、一部の債権は時効が短期で消滅すると定められていました。例えば、一般の人が個人的に友達にお金を貸した場合、時効は10年でしたが、銀行や金融機関が業務としてお金を貸した場合は5年で時効にかかるとされていました。また、5年未満の短い消滅時効も存在していました。
例えば、旧民法170条~174条には、1~3年で債権が消滅する職業別の短期消滅時効について定められていました。
【1年の短期消滅時効】
(旧民法第174条)一 月又はこれより短い時期によって定めた使用人の給料に係る債権
二 自己の労力の提供又は演芸を業とする者の報酬又はその供給した物の代価に係る債権
三 運送賃に係る債権
四 旅館、料理店、飲食店、貸席又は娯楽場の宿泊料、飲食料、席料、入場料、消費物の代価又は立替金に係る債権
五 動産の損料に係る債権
【2年の短期消滅時効】
(旧民法第172条・第173条)<第172条>
弁護士、弁護士法人又は公証人の職務に関する債権(事件終了から二年)
<第173条>
一 生産者、卸売商人又は小売商人が売却した産物又は商品の代価に係る債権
二 自己の技能を用い、注文を受けて、物を製作し又は自己の仕事場で他人のために仕事をすることを業とする者の仕事に関する債権
三 学芸又は技能の教育を行う者が生徒の教育、衣食又は寄宿の代価について有する債権
【3年の短期消滅時効】
(旧民法第170条・第171条)<第170条>
一 医師、助産師又は薬剤師の診療、助産又は調剤に関する債権
二 工事の設計、施工又は監理を業とする者の工事に関する債権(工事終了時点から三年)
<第171条>
弁護士、弁護士法人又は公証人の職務に関して受け取った書類に関する義務に対する権利
これらの条文以外にも、例えば不法行為に基づく損害賠償請求権は、「損害および加害者を知ったときから3年」で時効消滅すると、旧民法第724条、製造物責任法第5条に定めがあるなど、短期消滅時効を規定した条文があちこちに点在していました。
民法以外にも、商取引によって生じた債権の時効(改正前商法522条)のほか、手形法、労働基準法などにも短期消滅時効が設けられていました。仕事でこれらの業務に携わる者にとっても、また、相手方の一般消費者にとっても、「この債権の時効はいつ来るのか」はわかりにくかったのです。
そのため、民法の消滅時効の規定は大きく改正され、民法166条1項「一 債権者が権利を行使することができることを知った時から五年間行使しないとき。」「二 権利を行使することができる時から十年間行使しないとき。」の2種類のケースにすっきりとまとめられたのです。
職業別の短期消滅時効や商事消滅時効は廃止され、1~3年という短い短期消滅時効だった債権については、新民法により5年に延長しました。
とはいえ、2020年3月31日以前に発生した債権については、旧民法の規定が引き続き適用されるので、注意しなくてはなりません。
時効管理の注意点
一部の職業別債権や商事に関する債権を除き、一般の債権の時効は原則10年から原則5年へと大きく短縮されたことに注意しなくてはなりません。
ただし、時効は、単に定められた期間が過ぎただけではなく、債務者が「時効の援用」を行って初めて確定的に債権が消滅します。時効の援用とは、債務者が「時効の利益を受ける」と債権者に意思表示をすることです。
【自分が債権者の場合】
ご自身が持っている債権について「いつ契約したか」「誰を相手方か」「金額はいくらなのか」というリストを作成し、時効が迫っている債権については、早めに催告や履行の請求を行いましょう。
また、時効期間が過ぎたといっても、直ちにその債権を諦める必要はありません。時効が過ぎていても債権を請求してみましょう。債務者にお金を支払う意思があり、「支払いたい」「支払うつもりがある」などと言ってくれば、「債務の承認」と言って自分の債務の存在を認めたことになります。この場合、後から「時効にかかっていると気が付いたので、やっぱり支払いません」と主張するのは、信義則上認められないとされています。
【自分が債務者の場合】
突然何年も放置されていた債務を返してほしいと請求されたら、まずは何年前の債務かをチェックし、時効にかかっているケースであれば、時効の援用を行いましょう。時効が完成していることに気づかないで債務を支払うといってしまったり、債務の存在を前提にして支払い猶予の申し入れなどを行ってしまったりすると、債務の存在を承認したことになり、以降時効の成立を理由に支払いを拒むことは出来なくなります。
債権の消滅時効はいつから起算される?
時効の起算点、すなわち時効期間のスタート地点は「権利を行使することができる時」です。通常は、支払期限の翌日から時効は進行します。例えば「2022年11月1日にリンゴ100個を10,000円で購入し、11月7日までにお金を支払う約束をした」という場合、時効の起算点は支払い期限の翌日である2022年11月8日からスタートします。
この際、特別な事情がなければ、売主も買主も契約の相手方や金額、支払期日などの内容を知っています。そのため、原則通り民法166条1項一号により5年後の2027年11月7日に時効が完成します。買主は2027年11月8日から時効が援用できます。
債権の時効について不明点がある場合
「自分の持っている債権が時効にかかるのかよくわからない」「債権者にこのような言動をしたが、債務の承認にあたるのか」といった疑問があり、調べてもよくわからない場合は、法律の専門家である弁護士に相談されることをお勧めします。
債権者、債務者ともに、債権の額が大きいほど時効完成の有無は重大な問題になってきます。対応を誤ると損失を被るため、消滅時効の完成について不明点がある場合は、積極的に町の弁護士に相談したほうが良いでしょう。
この記事の監修者
-
中央大学大学院法学研究科⺠事法専攻博士前期課 程修了
前東京地方裁判所鑑定委員、東京簡易裁判所⺠事 調停委員
東京弁護士会公害環境特別委員会前委員⻑