個人再生手続開始後に一括返済は可能か
個人再生手続の最中に借金残額を一括返済することは出来ませんが、個人再生手続が終了し、分割払いで残債務を支払っている段階であれば一括返済は可能です。しかし、一括返済はメリットだけではなく、デメリットやリスクもありますので、注意点を踏まえたうえで検討しましょう。個人再生手続開始後に一括返済を考える上でのポイントをまとめました。
個人再生の手続後の一括返済は可能
個人再生の手続きの最中に、減額後の借金を一括返済することはルール上認められていません。しかし、個人再生手続きが終了し、分割払いによる残債務の支払い期間に入った場合は、一括返済が可能です。
個人再生を行うと借金が大幅に圧縮されます。例えば、住宅ローンを除く債務が1,000万あった場合、個人再生によって200万まで減ります。一気に圧縮するので、「そのくらいの金額なら、無理をしてでも一気に全部支払ってしまいたい」と考える方もいることでしょう。
しかしながら、まだ裁判所で個人再生の手続きを進めている段階では、残債務の一括返済は出来ません。減額後の債務を一括で返済できる資力があっても、基本3年間の分割払いで支払っていかなくてはならないのです。
これは、個人再生の制度に、最初に裁判所に提出した計画に従って、3年間怠ることなくきっちりとお金を納め続けることを学んでほしいという趣旨が含まれているためです。
とはいえ、裁判所による個人再生の手続きが完了し、後は弁護士を通じてお金を支払っていくだけ、という段階であれば、一括返済や繰り上げ返済は可能です。
昇進して給料が上がった、遺産相続でまとまったお金が手に入った、宝くじが当たったなどの理由で、急にお金が手に入った場合は、再生計画に従った分割返済をやめて、残額を全て一度に支払ってしまうこともできです。
ただし、再生計画後の一括返済には注意点も存在します。以下に詳しく紹介します。
個人再生手続後の一括返済のメリットとデメリット
個人再生手続後の一括返済のメリットとしては、心理的負担の消滅や手数料負担の軽減、債権者側への配慮などがあります。逆にデメリットとしては、大きな出費が発生する、分割返済のほうが再生債務者(=個人再生を手続きを行った人)には有利、ブラックリスト期間は変わらないといった点があります。
【一括返済のメリット】
(1)心理的な負担がなくなる
個人再生後、通常3年程度かけて定期的に返済していくのは、心理的に少なくないプレッシャーがかかります。減額されたとはいえ、借金のことが完全に頭から離れることがありません。
これに対し、繰り上げ返済や一括返済をしてしまえば、借金の問題から完全に解放され、もうそれ以上借金について考える必要はありません。借金返済に回していたお金は以降自分のために使えるようになります。
個人再生手続をとるほどに重い借金の負担に苦しんでいた人にとっては、借金苦から一刻も早く完全に抜け出せるというのは、重要なメリットと言えます。
(2)分割払いの手数料が減らせる
弁護士に個人再生の手続きを依頼した場合、借金の返済は、法律事務所を通じて各債権者(=お金を借りた金融機関や貸金業者など)に対して行われることになります。これを弁済代行と言います。この際、法律事務所に対して手数料を支払う必要があります。また、銀行振り込みにも手数料が発生します。
減額された借金を3年にわたって返済するとなると、毎月の支払いの場合、支払いの回数は3年分で36回にもなり、少なくない手数料を取られてしまいます。
一括返済を行うと、その分、分割払いでの借金返済にかかる手数料を減らすことができ、手数料負担を軽減することができます。
(3)債権者にとって有利
基本的には、一括返済や繰り上げ返済は債権者にとってもメリットがある方法です。分割払いの場合は、債権者はお金を毎月少しずつしか返してもらえませんが、早期に全額受け取ることが出来れば、受け取ったお金を別の資金に回すことができます。
一般的には、銀行などの金融機関は利息を受け取ることで、分割払いでも利益が出るようにしています。しかし、個人再生の分割払いの際は、利息は裁判所によってカットされ、債権者は利息を受け取ることは出来ません。そのため、時間をかけて少しずつ受け取るメリットは債権者にはありません。
また、3年かけて弁済を受ける場合、再生債務者の突然の怪我や病気、失業などのリスクもあります。大災害や感染症の蔓延のような社会的な一大事、円安や物価高騰など、たった3年と言っても何があるかわからないものです。そのため、一刻も早く支払ってもらったほうが嬉しい、というのが通常の債権者の考え方です。
特に、減額してもらった債権者に親戚や友人知人など、個人的な知り合いがいる場合は、早めに一括返済するメリットが大きいと言えます。
【一括返済のデメリット】
(1)大きな出費が発生する
特に、個人再生を行った直後の場合は、一括返済は大きな負担になります。例えば、借金が1,000万円だったのが200万円に減額されると、大幅に負担が軽減したように感じ、「そのくらいだったら頑張ってすぐに支払ってしまいたい」と思う人もいます。
しかし、まとまった大きな金額が出ていくことは、のちの生活に大きな影響があることを考慮しなくてはなりません。特に、遺産相続などでまとまったお金を得て懐にゆとりが出来たわけではない場合、無理をして、生活を切り詰めてでも残債務を支払ってしまうのは考え物です。
(2)分割返済のほうが再生債務者には有利
一括返済のほうが債権者に有利である一方、分割払いのほうが原則としては再生債務者に有利です。
個人再生後の分割払いの場合、利息は発生しませんので、分割払いでも一括払いでも返済する借金の総額は変わりません。その場合、時間をかけて少しずつゆっくり支払ったほうが、再生債務者にとってはゆとりのある生活を送ることができます。
分割払いであれば、病気やケガといった個人的なリスクや、大規模災害、勤め先の倒産のような社会的なリスクに突然さらされた場合も、手元にあるお金をすぐに使い切ることなく、余裕を持った対応が可能になります。これに対し、一括払いで手元にあるお金を使い切ってしまっていると、困窮する事態になりかねません。
このように、債権者に返済を待ってもらい、少しずつお金を返していける利益を法律用語で「期限の利益」と言います。一括返済とは、期限の利益をわざわざ再生債務者の側から放棄してしまう行為なので、法律家に相談した場合は「せっかく時間的な猶予をもらえたのにもったいない」「分割で少しずつ返したほうが良い」とアドバイスされるかもしれません。
(3)ブラックリスト期間は基本的に変わらない
個人再生をすると信用情報機関にという、個人のお金の貸し借りの記録を保管する組織に、個人再生をしたという記録が残ってしまいます。これを俗にブラックリスト入りと言います。このブラックリスト入り期間は、一括返済を行っても基本的に変わらないと言われています。
銀行などの金融機関や貸金業者、クレジットカード会社は、日本に3つある信用情報機関のいずれかに加盟しています。借金やクレジットカードの利用と言った、個人の信用に基づくお金のやり取りは、信用情報機関に登録されます。
金融機関などが新たな融資の申し込みや、クレジットカードの新規作成依頼を受けた場合、信用情報機関の記録をもとにお金を貸すかどうか、カードを作るかどうかなどを審査します。
個人再生は借金に困った人が合法的に債務を圧縮する手続きですから、お金の信用情報としてはネガティブな情報(事故情報)であり、事故情報が登録されている間は新たな借金やクレジットカードの利用が難しくなります。
個人再生の事故情報が記載されている期間は、信用情報機関にもよりますが、5年から10年と言われています。この登録機関に関して、個人再生後に一括返済を行い、早期に借金を完済できたとしても、必ずしも登録期間が短縮されるわけではないようです。(※個々の債権者の対応によっても異なります)
一括返済で早く借金を返済して気楽になったとしても、その後のお金を借りられない期間が短縮されるわけではないので、この点は注意が必要です。
一括返済する際の3つの注意点
(1)本当に一括返済するメリットがあるか考える
一括返済は、本来再生債務者にとってのメリットである「期限の利益」を放棄することなので、一括返済をすることが本当に自分のためになるかどうか、よく検討されることをお勧めします。
個人再生後にまとまったお金が入ったり、昇進して給料が上がったりした場合であっても、万が一の事態に備えて、お金をとっておいたほうが良いかもしれません。一括返済でも分割返済でも返済する借金の総額が変わらないことは留意しておきましょう。
迷ったら、個人再生を依頼された弁護士に相談されることを強くお勧めします。通常、個人再生の手続きは弁護士に依頼して行います。通常、債務整理に詳しい弁護士が担当されていると思いますので、借金問題解決のプロとしての助言を受けることができます。
減額後の借金の支払いも法律事務所を通じて行われるため、事前に弁護士に相談してご自身の状況に合わせたリスクやメリット・デメリットについて話し合っておきましょう。また、後述するようにタイミングを見計らうことが必要な場合もあります。
(2)債権者全員の同意を得る
一括返済を行うためには、すべての債権者の同意を得なくてはなりません。一括返済は原則として債権者に有利なので、反対されるおそれは少ないのですが、一括返済を行うタイミングには注意が必要です。
一括返済をするタイミングが再生計画手続の終了直後であった場合、「この人は返済するお金があったのに、お金を隠して個人再生を行ったのではないか」と財産隠しを疑われるおそれがあります。
借金に困り、返済が困難だからこそ個人再生をしたはずなのに、手続きが終わったとたんに残りの借金全額を返してきたとなると、「それならば個人再生をしなくても返せるだけのお金があったのではないか」と悪いように解釈されてしまうかもしれません。
※実際に再生債務者が個人再生の手続中に財産隠しを行っていたことが分かった場合、不正な手続として再生計画が取り消されたり、最悪のケースでは詐欺再生罪に問われたりする可能性があります。
個人再生中は一切財産隠しなどをしておらず、手続き中や手続き後に思いがけない臨時の収入があって、一括返済をする場合でも、個人再生手続きが終了した直後に一括返済を行うのは得策ではありません。当面は、計画に従って弁済し、時期を見計らって一括返済を行うのが良いでしょう。
(3)すべての債権者に平等に返済する
個人再生手続には「債権者平等の原則」というルールがあり、手続きが終了した後も、すべての債権者に対して平等に返済しなければなりません。借金の種類も、金額も関係なく、平等に返済をする必要があり、一部の債権者だけを優先して弁済することは禁じられています。
親戚や友人・知人など個人的なつながりのある人に対し借金があった場合、その人だけを優先して支払いたくなります。しかし、優先して返済を受けた債権者のみが、再生債務者の将来の無資力のリスクを負わないことになります。このような弁済は認められないとされています。
※「債権者平等の原則」の例外「少額債権」とは
民事再生法では、「債権者平等の原則」の例外として、少額債権の取り扱いについて定めています。これは、借金の金額が少なく、分割で返済すると、1回当たりの弁済額が少なすぎて、銀行の振込手数料を下回るような債権について、弁済の時期について別段の定めをすることを認めるものです(民事再生法229条1項)。
例えば、3年36回の分割払いにすると月々の返済額が1,000円未満になってしまうような債権については、特別な取り扱いをすることが認められるケースがあります。
この「少額債権」に当てはまる場合を除いて、特定の債権者にだけ借金の一括返済行うことは認められません。
まとめ
個人再生後にまとまったお金が思いかけず手に入った場合、早々に借金を完済して自由になりたいとお考えになることでしょう。しかし、現在の生活の状況や、個人再生手続からの時期(タイミング)によっては、すぐに一括返済をしないほうが良いケースもあります。
個人再生後の一括返済が可能であっても、まずは個人再生を依頼した法律事務所に相談して、債務整理のプロからのアドバイスを受けることをお勧めします。
この記事の監修者
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中央大学大学院法学研究科⺠事法専攻博士前期課 程修了
前東京地方裁判所鑑定委員、東京簡易裁判所⺠事 調停委員
東京弁護士会公害環境特別委員会前委員⻑