自己破産が相続に与える影響

自己破産が相続にどう影響するのか、また、対応策としての相続放棄について概説します。自己破産の前または手続後に相続が発生しても、問題なく遺産相続は可能です。しかし自己破産の手続き中で、破産開始決定の前に相続が始まった場合、遺産を失う可能性があります。この場合、相続放棄により影響を少なくすることが可能です。しかし、相続放棄についても注意点がありますので、ポイントをまとめました。

自己破産は原則相続放棄に影響はない

自己破産をすると相続放棄をしなければならないわけではなく、自己破産をしても、原則として通常の相続人と同じように遺産を受け取ることができます。

自己破産とは、借金などの債務の支払いができなくなった人が、裁判所に申し立てることにより、債務をゼロにできる手続きです。その代わり、不動産など一定額以上の財産は処分されます。

相続放棄とは、親や配偶者・家族等が亡くなった場合に、相続で引き継ぐはずの財産や負債を一切、引き継がない手続きです。相続というと土地家屋などの財産を想像しがちですが、借金などの負債も継承されるので、通常は負債が多い場合に相続放棄が行われます。

法律上、亡くなった人のことを「被相続人」、遺産を受け取る法律上の権利がある人を「相続人」と言います。

自己破産の手続きをとるかどうかは、相続人の地位に影響がありません。相続してから自己破産することは自由ですし、自己破産後に相続をすることも法律上問題がありません。

ただし、被相続人が亡くなったのが自己破産手続中だった場合、タイミングによっては遺産を受け取れなくなったり、自己破産の結果に影響が出たりすることもあるので、相続放棄をしたほうがよいケースもあります。

相続できないのはどういうケース?

被相続人が亡くなって相続が発生しても、「相続欠格」となっている場合や「相続人排除」をされている場合は、遺産を相続する権利がありません。もっとも、被相続人や他の相続人に迷惑をかけていないのに、「自己破産をした」というだけで、相続欠格や相続人排除になることはないので安心してください。

(1)相続欠格

相続欠格とは、社会的に見て特に問題のある言動をした者が相続人となることができなくなる制度のことです(民法891条)。相続欠格に当てはまるのは以下の4つのパターンです。

①被相続人や他の相続人を殺害した、もしくは殺害しようとした者

故意に死なせようとしたことが必要で、例えば天ぷら油からの失火で死なせてしまった場合のように、過失であれば相続人としての地位は失いません。

②被相続人が殺害されたことを知っていたのに、それを告発しなかった者

子供や精神疾患がある者など、判断能力に欠けている場合は、告発しなくても相続欠格にあたりません。

③詐欺または脅迫によって遺言の取り消しや変更を妨げた、あるいは妨げさせた者

詐欺や脅迫といった不当な手段により、被相続人の遺言をゆがめた場合が当てはまります。

④ 遺言書を偽造し、変造し、破棄し、又は隠匿した者

作成された遺言書に不正な行為をした場合にも相続欠格となります。

以上の通り、相続欠格となるのは、相続に関連して、社会通念上よほど悪質な行為した者に限られます。相続欠格は被相続人の意思とは無関係に法律上成立します

(2)相続人排除

例えば、被相続人に長年にわたり暴力をふるった、配偶者の場合は不貞行為をしたなど、被相続人が「この相続人には遺産は渡したくない」と思った場合、被相続人が生前に裁判所に申し立てて、自分の意思で相続人から相続権をはく奪することができる制度です(民法892条)。

被相続人が相続廃除の申し立てを行う事例としては、暴力や不貞のほか、重大な侮辱や著しい非行、重大な犯罪で有罪判決を受けていると言ったケースがあります。

また、自己破産にかかわるケースとしては、「被相続人の財産を勝手に売って借金の返済に充てた」「ギャンブルで多額の借金を作って被相続人に返済させた」など、単に自己破産しただけではなく、被相続人に対し借金に関する非行があった場合に相続人排除が認められることがあります。

ただし、相続人排除の制度そのものがあまり知られていない上に、家庭裁判所に申し立てても認められるケースは少ないのが現状です。

相続人廃除が認められた場合、相続人だった人の戸籍に記載されます。よって、心当たりがある場合は、市役所等で戸籍謄本を請求することで、相続人排除されたかどうかを確認することができます。

自己破産する時期によっては相続財産を失う可能性もある

被相続人が亡くなったタイミングが、「自己破産手続の申し立て後」「破産手続開始決定前」だった場合、遺産が破産管財人により換価処分されてしまうなどの影響が発生します。相続放棄を検討するなど、手続きに注意が必要です。

遺産相続がスタートする日を相続開始日と言い、通常は被相続人が亡くなった日のことを指します。以下、自己破産の手続きの段階別に、相続と自己破産のタイミングについて概説します。

(1)自己破産手続の申し立て前に相続が開始した場合

まだ自己破産手続の準備中で、裁判所に申し立てる前に被相続人が亡くなった場合、通常の相続と全く同じように遺産を受け継ぐことができます。

(2)自己破産手続の申し立て後、破産手続開始決定前の場合

裁判所に自己破産を申し立てた後、破産手続開始決定が出る前に被相続人が亡くなった場合、遺産は自己破産手続に組み込まれるため、自己破産の流れに大きな影響が出ます。

日本弁護士連合会の調査によれば、自己破産のうち同時廃止事件における破産申し立てから破産開始決定までの平均日数は39.28日です。申し立て全体の52.36%と過半数のケースで、申し立てから1か月以上の期間がかかっています。

日本弁護士連合会「2020年破産事件及び個人再生事件記録調査【報告編】(https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/publication/books/data/2020/2020_hasan_kojinsaisei_1.pdf)」より引用

この期間に相続が発生した場合、以下の影響が発生します。

①自己破産できなくなる可能性がある

自己破産の要件の一つに、「債務の支払いが不能である」ことが挙げられます。遺産がまとまった財産の場合、「これだけの財産があれば自己破産しなくても借金を返せるだろう」と判断され、自己破産手続ができなくなることがあります。

②管財事件になる

被相続人から土地や家屋などの不動産、現金や自動車、美術品など20万円を超える価値のある財産を相続した場合、自己破産手続上、財産がある人向けの「管財事件」という種類の手続きになります。

自己破産には大きく分けて2種類の手続きがあり、財産がなく単純なケース向けの「同時廃止」と、財産がある人向けの「管財事件」があります。

同時廃止は裁判所に納める費用(予納金)が2万円程度と安く、手続きもスピーディーです。他方、管財事件には「破産管財人」という、財産の管理・換価・債権者への配当を行う専門家が関与するため、裁判所費用が20万~50万円以上と高額になります。

申し立て時点では財産がなく同時廃止になる見込みだったのに、相続財産が入ってきたために管財事件になり、手続き費用が高額になってしまうケースがあります。特に、財産が山奥の山林などで現金化が難しい場合は、費用面から自己破産ができなくなってしまうおそれもあり、注意が必要です。

③遺産が手に入らない

相続した財産は破産管財人によって換価処分され、債権者に配当されます。そのため、手元に残すことができません。せっかく祖先伝来の土地家屋や美術品をもらっても、手元には残りません。

かといって、引き継いだ遺産をとられるのが嫌だからと存在を隠してしまうと、「財産隠し」とみなされ、借金が免責されなくなる可能性があります。

④遺産分割協議には破産管財人が参加する
遺産分割協議が終わっていないケースでは、破産者は協議に参加できず、代わりに、破産管財人が協議に参加します。

こうした影響を回避できる手段に「相続放棄」があります。相続放棄により遺産を放棄してしまえば、財産を持っていることで起こる影響を回避できます。

(3)自己破産手続開始決定後に相続が開始した場合

裁判所に申し立てた自己破産手続の開始決定がなされてから被相続人が亡くなった場合、遺産は「新得財産」という扱いになり、破産者が自由に処分することができます。

また、開始決定さえ出ていれば、遺産分割協議に破産管財人が参加することもありません。通常の遺産相続と同様に、破産者本人を含む親族同士で話し合いをして、遺産の引き継ぎ方法や処分について決めることができます。

自己破産をした人がいる場合の遺産相続

遺産分割協議においては、相続人全員の同意があれば、自己破産した相続人が引き継ぐ遺産をゼロにすることも可能です。しかし、破産管財人が、債権者の利益を損ねる「詐害行為」として否認権を行使してくることがあり、お勧めできません。

例えば、Xが持っている家に、その妻Aが住んでおり、その子Bが別の場所で暮らしていたとします。Xが死亡した時点で、Bが自己破産手続中で開始決定が出ていなかった場合、AとBで遺産分割協議をしてBの遺産をゼロにすれば、Aは引き続き家に住むことができます。

しかし、このような偏った遺産分割をすると、債権者に配当される財産が減ることになり、債権者の権利を害する「詐害行為」にあたるとみなされ、破産管財人が「否認権」を行使してくることがあります。否認権が行使されると、遺産分割協議は法的な効力を失うことになります。

また、詐害行為が悪質だと判断された場合、免責不許可となり、自己破産手続に失敗するおそれがあります。そのため、遺産分割協議で問題を解決するのではなく、相続放棄を行ったほうが良いでしょう。

※遺産分割協議による取り決めと相続放棄の違い

遺産分割協議で自分が引継ぐ遺産をゼロにしたことを「自分は相続放棄をした」と表現する人がいますが、相続放棄は家庭裁判所に申し立てて行う手続のことで、遺産分割協議で何も相続しない取り決めをしたこととは別物です。

相続放棄をすると最初から相続人でなかった扱いになります。しかし、遺産分割協議で遺産を継がないことにした場合は、相続人としての地位を失っていません。そのため、後から被相続人の借金が見つかった場合は、その借金については相続人となります。

自己破産と相続放棄の関係性について

家庭裁判所で「相続放棄」の手続きを行うと、最初から相続人でなかった扱いとなるため、自分の遺産を他の相続人に引き継いでもらえます。

先程の事例で、被相続人X所有の家にその妻Aが住み、その子Bが別の場所で暮らしていたとします。X死亡時にBが自己破産手続中だった場合、相続放棄をすれば、AはXの遺産を全て受け取ることができます。

ただし、相続放棄には二つの注意点があります。

(1)相続の開始を知った時から3か月以内に手続きをする必要がある

相続放棄の手続きは、原則として被相続人が亡くなったのを知ってから3ヶ月以内に行わなくてはなりません。事情があって被相続人と疎遠だった場合など、相当な理由があれば3ヶ月を経過しても認められることがありますが、理由を説明した上申書を家庭裁判所に提出するなど、難しい手続きが必要です。

(2) 破産手続開始決定が出る前に手続きをする必要がある

破産開始決定が出た後に相続放棄をしても、限定承認の効果しか得られなくなります。

限定承認とは、遺産に借金などの負債が含まれる場合、土地建物や動産などのプラスの財産から負債を差し引いた残りを相続することです。

限定承認となった残りの財産は破産管財人により換価処分されてしまいます。

自己破産手続開始決定後に相続放棄をすることは、債権者の権利侵害に当たると考えられるため、限定承認の効果しか持たないと破産法に定められています。

(1)(2)のどちらも、期限の問題ですので、自己破産の関係で相続放棄をすると決めた場合はできるだけ早く家庭裁判所での手続きを行いましょう。

自己破産手続と相続について悩んだら弁護士に相談を

以上のように、自己破産手続の前、あるいは自己破産手続終了後に相続が発生しても、相続に影響はありません。影響があるのは、裁判所に自己破産手続の申立ては済んでおり、まだ開始決定が出ていない状況に限られます。

自己破産申し立ての直前になって親の体調が急激に悪化した場合や、相続放棄が適切なケースなのかなど、悩まれる場合があると思います。そのような場合は、自己破産や相続に詳しい弁護士に問い合わせてアドバイスを受けることをお勧めします。

大切な人が亡くなることと自己破産が重なるのは心身ともに大変なことですが、相続放棄には期限があるので、弁護士への相談や家庭裁判所での手続きは迅速に行いましょう。

この記事の監修者

弁護士 河東宗文
弁護士 河東宗文
中央大学大学院法学研究科⺠事法専攻博士前期課 程修了
前東京地方裁判所鑑定委員、東京簡易裁判所⺠事 調停委員
東京弁護士会公害環境特別委員会前委員⻑