生活保護を受給中に債務整理できるのか?
生活保護受給中にも債務整理する方法について概説します。生活保護を受けていても債務整理はできますが、手続きの方法は原則として自己破産になります。個人再生や任意整理といった他の方法が難しい理由や、自己破産のメリット・デメリット、法テラスの立替制度、債務整理中の生活保護の受給について概説します。
目次
生活保護受給中でも債務整理はできるのか?
生活保護を受けている最中でも債務整理は可能ですが、手続きの種類は原則として自己破産になります。
生活保護は、生活に困窮している人に、その困窮の程度に応じて必要な保護を行い、健康で文化的な最低限度の生活を保障する一方、自立を促すことを目的とする制度です。生活保護の要件に該当し、あるいは現在生活保護を受けている方であっても、借金を抱えて困っている場合には、債務整理を行うことは禁止されていません。
債務整理は法的に認められた借金の負担軽減ないし免除の手続きで、一般的には「任意整理」「個人再生」「自己破産」の3種類があります。
任意整理
弁護士と債権者が私的に話し合い、借金の利息カットや返済計画の見直しについて交渉します。基本的に借金の元本は減額されません。
個人再生
裁判所を通じた手続きで借金総額を5分の1~10分の1程度に大幅に減額します。ローン付きの住宅など財産を手元に残しておけるメリットがあります。減額された借金は3~5年の分割払いで返済していきます。
自己破産
裁判所を通じた手続きで、免責を受けることにより借金の返済義務が無くなります。収入が無い人でもとれる手続きです。その代わり、不動産など一定金額以上の財産は裁判所によって換価処分されます。
このうち、生活保護を受けている人が取れる手段としては、自己破産が適切です。現在、生活保護を受けている人でも自己破産の手続きは可能ですし、自己破産手続が終わってから生活保護を受けることも可能です。
「自己破産だと保証人に迷惑がかかるから、他の手続きはとれないかな?」とお考えになる人もいるでしょう。しかし、生活保護を受けている状況では難しいといえます。詳しくは次項で解説します。
個人再生や任意整理は選択可能か?
個人再生や任意整理は、将来にわたって継続的な収入があり、かつ、収入のうち一定額を借金返済に回せる人に向いており、現在生活保護を受給中の人には難しい手続きとなっています。
「個人再生」や「任意整理」は、借金を無くす制度ではなく、減額やリスケジュールを可能にする手続きであり、減額された借金は3~5年程度の分割払いで返済していく必要があります。そのため、収入があり、かつ、収入の中から一定の額を借金の返済に充てられる資力があること必要です。
任意整理においては基本的に借金の元本は減額されず、借金問題の程度が比較的軽い人向けの手続きとなっています。借金の大幅減額が可能な個人再生には、返済計画に従って返済を続けられるかどうかを確認する「履行テスト」という仕組みが導入されています。
生活保護は、安定した収入が無い人や、収入があっても生活するにも困るような苦しい目に合っている人向けの制度です。生活保護費を借金返済に充てていることがケースワーカーに知られた場合、不正受給と判断され、生活保護が打ち切られてしまう可能性があります。
生活保護費で扶助の対象となるのは以下の費用に限られます。
- 日常生活に必要な費用(食費・被服費・光熱費等)
- アパート等の家賃
- 義務教育を受けるために必要な学用品費
- 医療サービスや介護サービス、・出産の費用
- 就労に必要な技能の修得等にかかる費用
- 葬祭費用
以上から、個人再生や任意整理は、生活保護受給者には適さない制度と言えます。
自己破産のメリット
自己破産の最大のメリットは、無事に免責が許可されれば、どんな高額の借金であっても以降は支払いをしなくてよくなることです。手続き以後の借金支払いが無い唯一の制度であり、生活保護の受給に影響がありません。他のメリットとしては、生活に必要な道具は残せることや、戸籍や住民票などに記載されることがないことがあります。
原則すべての借金が免除される
自己破産で免責されると、遅延損害金を含むすべての借金が免除されます。ただし、税金や罰金など、一部の例外があります。
※生活保護と税金
税金については、生活保護受給中は住民税・所得税等の免除を受けることができ、滞納している税金も「執行停止」と言って、請求がストップします。
生活に必要な道具は残せる
一定額以上の財産が没収されると言っても、生活に必要な家財道具や、価値が20万円を下回る財産などは手元に残すことができます。
車も、購入後数年経過しており、高級車や特殊な車両でなければ、多くのケースでは手元に残すことができます。
※生活保護と車
生活保護受給中は車の所有や運転は原則として認められていません。その理由は、車には車検代やガソリン代など様々な維持費がかかりますが、生活保護費に車の維持費は含まれていないからです。また、事故を起こしたときの賠償能力がないこともあります。
しかし、電車やバスなどの交通手段で通院や通勤ができないケースや、仕事上車が欠かせない場合等は、例外的に車の所有が認められることがあります。
戸籍や住民票などに記載されることはない
自己破産をしても戸籍や住民票などに名前が載ることはなく、結婚した相手や家族・親族に知られてしまうこともありません。
「自治体には『破産者名簿』が存在する」という話から、この名簿から自己破産が知られてしまうと恐れる人もいます。たしかに破産者名簿は存在しますが、この名簿には自己破産の手続きに失敗して免責が許可されなかった人だけが掲載されます。
自治体が破産者名簿を置いている理由は、破産者ではないという身分証明書を発行するためで、名簿は非公開となっています。また、身分証明書の請求も、本人や本人の法定代理人等限られた人しか行うことができません。そのため、この名簿から自己破産が知られてしまうことはありません。
自己破産した場合のデメリット
自己破産には以下のようなデメリットがあります。
- 信用情報がブラックリスト入りする
- 不動産など一部の財産が回収される
- 保証人や連帯保証人に請求が向かう
- 自己破産手続中は特定職業の資格制限がある
- 過払い金が受け取れないことがある
- 自己破産したことが官報に掲載される
以下に詳しく解説します。
信用情報がブラックリスト入りする
自己破産をすると、個人のお金の貸し借りの履歴を記録する機関である信用情報機関に、ネガティブな情報(事故情報)として記載されます。記載されている期間は最長で7年程度で、期間が過ぎれば自己破産情報は削除されます。
信用情報機関の情報は、加盟している金融機関やカード会社などが融資の際に閲覧します。事故情報が記載されていると、融資の審査に通ることが難しくなります。
また、クレジットカードの利用や更新もできなくなります。仕事やオンラインショッピングなどでクレジットカードが必要な場合は、代わりにデビットカードを持つなど、支払い方法に工夫が必要です。
※デビットカードとは、銀行口座からお金を即時引き落としするカードで、クレジットカードの代わりに使用でき、利用開始時にクレジットカードのような信用情報の審査もありません。
もっとも、既に数か月以上借金の支払いが滞納している場合は、滞納の事実が事故情報となりますので、自己破産手続をとってもさらなるデメリットは少ないと言えます。
不動産など一部の財産が回収される
生活保護受給の際、不動産や自動車など売却可能な財産は原則として売却するよう促されますが、住んでいる持ち家のように、生活に必要なものは所有し続けることが許される場合があります。
しかし、自己破産をすると、住んでいる家であっても裁判所の処分対象となります。この場合、賃貸住宅などに引っ越す必要があります。
保証人や連帯保証人に請求が向かう
借金に保証人や連帯保証人がいた場合、自己破産をすると保証人や連帯保証人に債権者から請求が行きます。自己破産による借金支払いの免除は破産した人だけに効果が及ぶ手続きで、借金それ自体は消えないからです。
保証人・連帯保証人も、突然債権者から請求を受けた場合は驚きますし、即座に対応が出来ませんから、自己破産する際は事前に保証人・連帯保証人に伝えておき、必要な場合は債務整理をしてもらうなど、対応を検討してもらう必要があります。
自己破産手続中は特定職業の資格制限がある
警備員や生命保険の外交員、不動産業など、一部の職業は自己破産手続中、その資格に基づく仕事ができなくなります。制限対象となるのは、主に他人の財産や秘密を扱う職業です。制限を受けるのは手続期間のみで、手続きが無事に終了して免責されれば元の仕事をすることができます。
もっとも、手続期間は短くて3~4ヵ月程度、長い場合は6ヵ月以上かかることがあります。生活に困っている状況で長期にわたって休業するのは難しいので、制限職種に当てはまる場合は一度法律家にご相談ください。
ご自身の職業が制限職種にあたるかどうかは、一度インターネットで検索して確認されることをお勧めします。
過払い金が受け取れないことがある
自己破産の際、債務を調査した結果、過去にした借金に過払い金があったことが分かった場合、過払い金は裁判所に財産として処分されてしまいます。
自己破産したことが官報に掲載される
自己破産をすると破産者の住所や氏名が官報に掲載されます。官報とは、政府の機関誌で、法令や公示事項など、国民に周知する必要がある事柄を掲載する広報です。
官報掲載は、債権者に自己破産手続が行われていることを知らせるために行うもので、掲載を拒否することはできません。
もっとも、官報を普通の人が読むことはあまりなく、銀行などの金融業者や市区町村の税務担当者など、一部の職業の人に限られます。官報掲載をきっかけに、友人や勤め先などに自己破産したことが分かってしまう可能性は非常に低いのでご安心ください。
生活保護受給中なら法テラスの制度を利用できる
「法テラス」には、自己破産に必要な弁護士費用を立て替えてくれる制度がありますが、生活保護を受給している場合は返済が猶予されます。また、手続きが全て終了した後も生活保護を受給している場合は、返済免除の申請が可能です。
自己破産には弁護士費用が35万円~50万円ほどかかります。生活保護受給中にそれだけのお金を用意することは困難ですが、法テラスには弁護士費用等の立替制度があり、手元にお金が無くても利用することができます。
これは、裁判手続や、裁判所に提出する書類の作成を弁護士等に依頼をした場合の費用を法テラスが立て替える制度で、原則3年の分割払いで法テラスに返済します。
この立替制度は、生活保護を受給している間は、立替金の返済が猶予されます。また、免責がおりて手続きが終わった後も引き続き生活保護を受給している場合は、返済が免除されることがあります。
詳しくは、法テラスのホームページをご確認ください。
債務整理中でも生活保護の受給は可能なのか
債務整理中に生活保護を受給することは禁止されていません。借金もあり、生活も苦しいという場合、債務整理(自己破産)と生活保護申請を同時に行うことも可能です。
ケースワーカーによっては、「まず自己破産をして、借金問題を解決してから生活保護を受けてください」と言われることがありますが、自己破産は3~6ヵ月、複雑な事例の場合はそれ以上の期間がかかることがあります。今、生活費にも事欠いているという状況の場合は、ケースワーカーに事情を説明の上、同時進行で自己破産を行うほうが良いでしょう。
生活保護を受けていれば、法テラスの立替制度の分割払い免除を利用でき、自己破産も行いやすくなります。
生活保護と自己破産は全く別の制度ですので、生活保護を受給していても借金の利息や遅延損害金は日に日に膨らんでいきます。早めに弁護士に相談をして、借金問題の解決を進めていきましょう。
この記事の監修者
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中央大学大学院法学研究科⺠事法専攻博士前期課 程修了
前東京地方裁判所鑑定委員、東京簡易裁判所⺠事 調停委員
東京弁護士会公害環境特別委員会前委員⻑